Javaの新人研修講師という仕事 〜3分スピーチの重要性について〜
例年、Javaの新人研修を行うと、三週間程度で実力差が明確に現れ始め、二ヶ月経つ頃にはそれが大きな溝になり、新人の仕事へのモチベーションへ大きく影響するようになる。
学生時代にプログラミングを勉強してきた経験組と、そういった勉強をしてきていない未経験組とで、研修スタート時点で差があるのは当然だ。しかし、ここでいう溝はそれとは別のものだ。経験組の中でも期待したほど伸びない者もいれば、未経験組でもメキメキ実力をつけて経験組を凌駕する実力者になる者もいる。
では、その差は一体どこから生まれるのだろうか?
ここ数年の実力者達には、ある共通する特徴が見受けられるのだが、今回はその話をとりあげてみようと思う。
私が担当するPlusOne研修の新人Javaプログラマ養成コースでは、言語の研修以外に、テーマ自由の3分スピーチという研修項目がある。もちろん、私が担当してきた他の新人研修でも、3分スピーチを導入している所は多かった。しかし、PlusOne研修ほどスピーチに重きをおいている所はないように感じる。
研修における3分スピーチは表向きには、顧客にシステムの説明をする時、自分の書いたソースを他のエンジニアに説明する時などに必要な能力なので、プレゼンテーション能力を磨く目的で実施している。
しかし、スピーチ内容に対して、新人が自分達自身で適当にコメント・評価をしているだけの研修もあり、何を目的としているかが曖昧な、およそ指導とはとても言えない単なる儀式に成り果てている所も多い。この3分スピーチの実施方法やその是非に関して議論するつもりはないが、私は、この3分スピーチが非常に重要だと考えている。
なぜなら、新人研修で実力を発揮していく者に共通する特徴が現れるのが、この3分スピーチだからだ。
スピーチの上手い下手は技術の問題だ。したがって、訓練すれば誰でも上手くなる。しかし、どんなに訓練しても出来ない事が一つある。それは、スピーチのコンテンツに対する演者の情熱だ。
不思議な事に、プログラミングが上達する新人は、取り扱うスピーチの内容について、ひとかたならぬ情熱をもっている。すなわち、趣味、好きなアーティスト、好きな食べ物、好きなペットなどについて、非常に精緻な考察と、自分の嗜好の分析、そして愛があるのだ。
過去の研修では、「NBAのバスケットボールを見るのがとても好きだ」といった新人がいた。彼のスピーチからは、紹介する選手についての並々ならぬ情熱が感じられた。なぜ、その選手がそういうスーパープレイができるのか、なぜそのチームが優勝できたのか、そういった分析がきちんと説明されていた。何か調べたメモを片手にしゃべるのではなく、すべて自分の言葉で覚えていることをきちんと伝えていた。きっと雑誌やインターネットなどで、今まで色々な情報をとことん調べて来たのだろう。
他にも、好きな食べ物が「味噌汁」であることをスピーチした新人もいた。味噌汁の種類に関して、また味噌や具材について、出汁に含まれる成分について、バスケットボールの新人同様に、実に色々と調べて、なぜその味噌汁が旨いのかを非常に論理的に考察し、淡々とした説明ではあったが、その芯には確実に情熱が感じられた。
つまり、いずれの新人にも、「好きなもの」を伝えるための「情熱」があった。そして、より確実に伝えるために「論理的に話を展開する」傾向が見られたのだ。ここで、プログラミングには論理的思考が要求されるため、「論理的に話を展開する」事がポイントだと思われる人も多いと思う。
しかし、私が注目しているのはそちらではなく、前者の方だ。すなわち「好きなもの」があるという点だ。
なぜ、「好きなもの」すなわち「趣味」があるとプログラミングが上達するのか。これは仮説だが、デジタルネイティブ世代の若者が新人として入ってくる今の時代、生まれながらにして、好きな事、興味のある事に関する情報は、インターネットを使えば自由に低コストで入手できるようになった。
昔は、好きなものについての情報は、書籍以外は人から教わる事が多かった。しかし、現在はどうだろう? 情報を得るのに、最初にインターネットで調べるのではないだろうか。
すなわち、今の若者で何か好きなもの・趣味があるという人物は、間違いなく数多くのWebサイトを読んで情報を収集しそれをまとめ上げて自分の知識としている。必要な情報、必要でない情報を取捨選択し、素人が書いた文章、プロが書いた文章を問わず、それらを数多く読みこなしているのだ。
私が注目している点はそこだ。「好きこそ物の上手なれ」は好きな事は高いモチベーションで続けられるから上達するという意味をもつだけでなく、現代においては読解力を強化するという副次的な効果をもつということだ。
では、読解力とプログラミングには、どれほどの関連性があるのか?
これは説明するまでもない。プログラミングの能力は、闇雲にコードを書いても上がるものではない。優れたソースを模倣し、ロジカルにつなぎ合わる訓練を反復継続する必要がある。そのためには、様々な文献、Webサイト、リファレンスを読む事が必須だ。
また、現在はゼロからプログラムを組むことはほとんどなく、ある程度は用意されたライブラリを用いる。その際に誤用しないためには、きちんとドキュメントを読み、正確に理解しなければならない。現代において読解力の無いプログラマの自然淘汰は必定だ。
もちろん、3分スピーチで趣味・好きな事についてしゃべろうとするも、きちんと伝えきれない、あるいは話がまとまらない者もいる。しかし、彼らは十分に読解力を鍛えているが、論理的な思考訓練を行っていないため、上手く知識を整理・構成できないだけであり、ほんの少し訓練をすると見違えるほど発表が上手くなる。
したがって、発表の仕方が上手かったか、きちんとしゃべれていたか、演出はどうだったか、という事は二の次だ。一番重要なのは、きちんと情報を調べて知識として整理できたかという1点につきる。
その作業を反復継続するためには、興味の無いテーマでは続かない。好きな事、好きな物、それを人に伝えたいと思う自分の気持ちが原動力になる。
私は研修の中で、趣味について熱弁する新人を高く評価している。しかし、すべての受講者がそういった物を持っている訳ではない。そのため、少なくとも研修期間のスピーチでは、上記の1点について、きちんとした指導を心がけている。
そして、多くの新人が、プログラミングを趣味にできるように、プログラムを組むことは仕事云々ではなく、純粋に楽しいと思えるように、研修の中で日々試行錯誤している訳である。
今回は3分スピーチを中心に紹介してみたが、次回はもう少しJavaという言語の教育について取り扱おうと思う。なお、プログラミング教育における読解力の必要姓については、国立情報学研究所の新井紀子教授の文献などが大変参考になるので、興味がある方は一読してみると良いだろう。
大和田 宗宏